すきま英語

アメリカのお葬式

この間、ダンナの叔父が亡くなり、お葬式に行ってきました。92歳の大往生!
誰かが亡くなると、遺族が死亡広告(Obituary *1)を地元新聞に載せます。
お葬式の場所は、殆どの場合Funeral home(葬儀場)か教会です。
過去に行ったお葬式では、教会でのお葬式(Service)の前に
Visitationsの時間がとってあり、弔問客が順番にお棺の前にいる遺族にお悔みを告げ、
お互いの近況を立ち話という感じでした。
お棺のふたが開けてあり、死化粧を施された故人に最後の別れをすることが
できる場合もあれば、ふたは閉めてありお花が載せてある場合もあります。
アメリカでは、Funeral(葬式)の代わりにMemorial service(追悼式)を
する場合もあります。

この2つの基本的な違いは、Memorial serviceは、お葬式ほどフォーマルではなく、
亡くなってから数週間から数か月後で埋葬された後ということです。
香典(現金)を渡す習慣は一般的ではありません。
追悼として家族が指定した慈善団体へ寄付を行うようです。

ひと昔前、初めてアメリカのお葬式に行って驚いたのは、
重苦しい暗い雰囲気は全くないところです。弔問客は雑談に花を咲かせていました。
久しぶりに会った親族が家族の話で盛り上がります。
黒一色ではなく、ちょっとフォーマルかな、くらいな服装。
さすがに派手な色はないけど、普通にカラフル。
死んだら終わり、ではなく亡くなった方は先に天国に行っているだけで、
またいつか会えるという思いがあるせいかもしれません。

亡くなった叔父は軍隊にいたことのある人だったので、短い軍葬の儀式もありました。


・葬送ラッパ: 1874年に制定された楽曲の演奏
(アメリカ映画の葬式のシーンで流れる悲しげな
 メロディーです)
・国旗の折りたたみ: 棺を覆っていた国旗を厳密な
 手順で三角形に折りたたむ
・国旗の授与: 折りたたまれた国旗を遺族
(最も近い親族)に手渡されます

葬儀の後、親族や故人と親しかった人たちは、埋葬(Burial)
または火葬(Cremation)へ向かいます。
警察車両(パトカー)が先導をを行うのが一般的なマナーです。
先頭と最後尾にパトカーが付き、霊柩車とそれに続く参列者の車列が最優先となり、
一般車両は路肩に寄せるか停止して通行を譲る必要があります。
パトカーは赤信号でも停止せず、交差点では他の方向の交通を
一時停止させて車列の通過を確保します。
参列者の車は通常、ハザードランプを点滅させて列を形成し、故人への敬意を示します。
霊柩車が到着すると、棺を運ぶ人(Pallbearers) *2たちが棺を運びます。

余談ですが、長い車の列でヨルダンでの結婚式を思いだしました。
新郎新婦や家族が乗った車の列でクラクションを鳴らし続け、
道ゆく人々の注目を集め祝賀の気持ちを表現するとのこと。
一昔前の日本の暴走族並みに、うるさい。箱ノリしてるし。
楽しそうだから、まぁ いいか、と思って眺めてました。
知り合いの結婚式で、うるさい車の列の方に加担したこともありましたが…(笑)

*1 亡くなった方の経歴、お葬式の日時、場所などが書かれた短い記事
*2 遺族から選ばれた故人と近かった人達(6人)。お葬式の時に前の席に座り、
 フォーマルで暗い色のスーツを着ている。棺を担いで埋葬の場所まで運ぶ。

\英語学習を始めたいと感じた方へ/

ABOUT ME
リサ
流浪の民、リサです。 アメリカの大学へ行くために日本を脱出して以来、何故か3年に一度くらいで国内外へ移住している流れ者です。結婚後も子連れで遊牧民状態で、現在流れ着いた先は、ダンナの出身地のアメリカ。暫くは定住する予定です。 中学生時代に、英語は苦手教科でチンプンカンプン、わけわからん? 夏休みにアメリカにホームステイしてきた友人に感化され、英会話学校へ通い、まぁ何とかコミュニケーションができるレベルへ。 その後、アメリカの大学へ留学。必死に勉強し(毎日図書館が閉まる真夜中12時まで)、何とか4年で卒業。夢を追いかけ、イスラエルの大学院で考古学を1年。ヨルダンのアラビア語学校で、アメリカ人のダンナと出会っちゃったので、結婚。さすらい(?)の旅のまだまだ続く…。 最近は、気が付いたら英語は感覚で話してます。文法はどっかにすっ飛んだらしい。文法というより、こういう風には言わないよね、という慣れですかね...? 「習うより慣れよ」ですかね。日本語を話すときに文法は考えない、と同じ感覚かしらん。