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この季節になると、アメリカで初めて体験したハロウィーンの思い出がよみがえります。ハロウィーンといえば”Trick-or treat!”子どもたちはポーチライトを目安にご近所をまわります。ポーチライトがついているおうちではお菓子がもらえるからです。反対に、配るお菓子がなくなるとポーチライトを消します。

それを知らなかったうちの両親、私がtrick-or-treatingから帰宅すると、マシュマロをラップで包みながらパニック状態。「trick-or-treatの子どもが途切れないのよ~、もうお菓子なくなっちゃったのに」!!しばらくして、なにがきっかけだったか、はたと気付いてポーチライトを消すと、子どもたちも見事に来なくなりましたとさ。

 

さて、父の赴任に伴い、私も5歳から8歳までアメリカ南部のジョージア州はMacon cityに住んでいました。弟は1歳、両親は30代前半。1970年代、カーター大統領の時代ですから、若い方にとってはずいぶん昔に聞こえるかもしれませんが、その通り。ただ、その時暮らしていた家が今もあるんですよ!グーグルマップで確認しては思い出にひたっています。

 

70年代当時は、少なくとも地方の幼稚園児はABCすら聞いたことがありませんし、日本人にとってアメリカは豊かでなんだかかっこいい大国だったのではないかと思います。

 

私も「アメリカに行く」は、つまり「おばあちゃんに会えなくなる」ということでしかありませんでした。そして年長さんを3か月でやめて気がついたらアメリカの現地の小学校に入学していました。

 

日本の小学校を知らなかったので、ある意味とまどうことはありませんでしたが、言葉が分からないのは大きな障壁でした。かなり話せるようになってからもReadingの時間は自分のセルフイメージより低い教材をやらないといけないので、ちょっとおもしろくない気分・・・。

 

アメリカの義務教育制度は州や郡によって大きく違うので一概にはいえませんが、実は当時、一斉授業の他に習熟度別に子どもたちをグループ分けして学習するスタイルが取り入れられていたようです(clusteringというそうです)。いわゆる公文式のような形態で計算問題を解いたり(ただし、アメリカの教材は紙ではなく、ラミネートされたワークシート。クレヨンで書いて消してが繰り返せるのでみんなでシェアして使える仕組み)、レベル分けされたワークブックを使って国語(英語ですよ)を学んだり。

 

spellingのテストは嫌だったなあ。先生が次々に単語を読み上げて、それを書きとっていくテスト(漢字テストみたいですね)なんですが、当然、聞いたことのない単語がいっぱい出てくるわけです。でもそれなりに耳がよくなってくるのか、音を聞いただけでなんとなく文字が推測できるようになっていました。今から思うとフォニックスですね。

 

今、日本ではさかんに「英語圏の子どもは学校でフォニックスから習う」と言われます。確かにそういう学校もあるのでしょうが、少なくとも私の小学校ではなかったです。もしかしたら入学前のキンダーでやってたのかな??

 

アメリカの小学校では、準備するものはいたってシンプルです。私の場合はポケットがいっぱいついた麻の道具入れひとつだけでした。あとは筆箱やハサミ・のり。テキストも基本的には学校のものを使いますし、楽器も学校のものを借ります。日本で自分の子どもが就学年齢になった時、用意するものが多すぎてびっくりしました。算数セットなんか、すぐ使わなくなるしちょっともったいない。でも、わくわくしますよね。

 

そんなわけで体操服もありません。PEの時間は、ダンスやキックベースボール、マット運動などをやりましたが、どれもリラックスが目的ですので楽しめるものばかり。日本に来て、「速く走らなきゃいけない」とか「行進はみんな揃って」と言われた時、意味がわからず結構大変でした(涙)。

 

先生方は日本と同じで個性もいろいろ。大好きだったアフリカ系の先生は、いつもお洒落で、すっごく大きなイヤリングがよく似合っていました。いつもいい匂いがする先生で、実は怒ると迫力があったのですが、私は家ではその先生の話ばかりしていたそうです。担任の先生じゃなかったんですけどね・・・。

 

お洒落するのは先生だけじゃありません。女子もピアスやペンダントは当たり前。でもスカートは履きません。みんなパンツルック。モールの中にピアスのお店があって、私も7歳ころにピアスの孔を開けてもらいました。毎日母に消毒してもらったり、結構面倒だったんですがうれしかったですよ。そんなわけで、たぶんあの頃が一生で一番おしゃれを楽しんでいたように思います。

 

メディアではよく「まずい」と取り上げられるアメリカの給食ですが、実は美味しかったです・・・。南部という保守的な土地柄だからかもしれません。記憶に残っているのはベジタブルスープ・ミートローフ・クリームがかかったケーキ。先生と生徒は一斉にカフェテリアの長いテーブルについて、行儀よく食べます。年配の女性の先生が、いかにも上品な仕草で時折ナプキンで口元をぬぐうのですが、それが面白くてクラスメイトはみんな先生の真似をしてはこっそり笑っていました。

 

給食については、最近ネイティブの方にお聞きした時、「実はカフェテリアでホットランチを食べるのは低所得の家の子が多いの。余裕のある家は、子どもがお昼に食べるものも管理したいから、ランチボックスを持たせるわ」とのこと。給食費も所得によってさまざまだとか。

 

面白かったのはクリスマス・シーズン。給食のおばさんたちにプレゼントする日があり、みんなそれぞれ食料品の缶詰をラッピングしてお渡しするんです。缶詰めといっても向こうのはすごく大きいんですよね。それをきれいに家でラッピングしてもらうのですが、中には用意してこれなかった子もいたりして、悲しい話ですが、ツリーの下に置いてあった合間に私の缶詰が盗られかけてしまいました。必死に取り返しましたが・・・。

 

掃除の時間がないのは本当です。ただ、トイレに備え付けの手拭きペーパーを濡らして、石鹸水で机を拭いたりはしましたよ。魔法のように机がきれいになるんです!ちなみに雑巾やほうきは使ったことがありませんでした。

 

特長的なのは、子どもたちはみんな早く大人になりたそうだったことでしょう。大人になると自由が増えるし、夜更かしもできるし、とにかく大人になりたい魅力がいっぱいあるのです。日本では、いつまでも子どもでいたい子どもが多いような気がしてびっくりしました。子どもに自由が多く、大人が人生を楽しんでいないのは、ちょっと悲しいな。

 

次回は、アメリカの暮らし悲喜こもごも編でお送りしたいと思います。