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うちのお母さん、どうやらタオルを買いたかったらしいんです。一生懸命「タオル」をいろんなバージョンで発音。

「タオル!タオール?タオルウ~?」

いろいろやってみると、店員さんがふと「Oh!テア~ウオウ!」と言って(ジョージアですから店員さんは南部なまり)、タオルの売り場を教えてくれたのでした。

 

これは我が家がアメリカに引っ越した当初の話。ショッピングモールでタオルを買いたかったんだけれど、売り場が分からなかったので聞いてみたら「タオル」が通じなくて苦労したわぁ、と母。実はうちの母、発音はいいほうなんです。それでも、こんな苦労がありました。

というわけで、「子どもから見たアメリカの暮らし」今回はそんな苦労話や面白エピソードを紹介したいと思います。

 

それにしてもカタカナ語って、手ごわいですね。英語だと思っているものでも全然発音が違います。タオルはもちろん、バナナはbanana、プリンはpudding、シャツは shirt、セーターは sweater…。カタカナ語は英語っぽいけれど、立派な日本語。気を付けてくださいね!

 

さて、うちの母といえばもう一つ。アメリカ生活が始まってしばらくしてからの話ですが、現地で仲良くなった日本人女性から電話がかかってきました。

「OOさんのご主人、ガンで亡くなったらしいの。」

「え?そんなに悪かったの。ちっとも知らなかった。入院なさってたの?」と聞く母に

「なに言ってんの、あなた!ガンよガン!!」と友人。

それでさすがの母も合点がいきました。「ガン」は病名ではなく”gun”だったのです。銃で撃たれて亡くなった話だったのでした。銃社会ならではの話です。

 

外国の暮らしが長い日本人の場合、このように外国語と日本語がチャンポンになることは日常茶飯事。

 

ふだんは現地の人とのお付き合いが多い家族でしたが、週末はよく日本人ファミリーと集まって遊びました。そんな中、大人の間で流行っていたのが

”I think そう思うよ“

という珍妙な言葉。

”I think so”と「そう思うよ」をかけた言葉で、大人たちはこう言いあって笑っていました。今から思えば異国でのストレスを何でも笑いにして発散していたとも考えられますが・・・。

 

日本人は外国に出ると、いかに自分が日本人であるかを自覚させられます。年末の紅白歌合戦、皆さんは楽しみですか?

当時の私たちには最高の娯楽でした。前年の紅白歌合戦を録画したフィルムが数か月遅れで届くんです。有志でスクリーンがあるところを借り切り、毎年上映会をやっていました。

 

カセットテープでしか聞いたことのなかった「ピンクレディー」を初めてこの目で見た時はかなり衝撃で・・・アメリカのシンガーを見慣れていたので、なんというか、ちょっといろんな意味でびっくりしました。

 

オンラインで世界とつながるこのご時世、こんな話をするとずいぶん昔のことと思われるかもしれません。でも、これが40年前。あ、やっぱり古いですね・・・。

 

アメリカ生活を楽しむようになっても、5歳で渡米した私は日本語で読書をしたいと思っていました。英語だとやはり読むのに時間がかかるため、年齢相応の本が楽しんで読めないわけです。日本から祖母ができるだけ本を送ってくれていましたが、それでも足りません。

 

そんなわけで、私は同じ本を何回も読むか、すこ~しずつ読むことにしました。クリスマスに届いたオルコットの「若草物語」もその一つで、冬休みの朝、ベッドの中で数ページ読んで、続きはガマンするような読み方をしていたのを覚えています。寒い朝になると、今でもその時のことを時々思い出します。

 

ところで、私の場合、3年生で日本に帰国すると、今度は日本人の名前が出てくる本が読めないことに気が付きました。名前がほとんど熟語で、登場人物がどうも覚えられないのです・・・日本的なバックグラウンドもイマイチわかりませんでした。それで、しばらくは結局、翻訳ものばかり読むようにしていました。

 

その後、アメリカの土を再び踏んだのは、昨年の夏。若い頃は他の国を見たくて、アメリカにはついぞ行きませんでした。でも、入国して感じたのは「ああ、そうそう!こんな感じだった」という感覚。フレンドリーで親切、マニュアル通りの対応をしないアメリカ人。一緒に連れて行ったうちの子たちもすっかり米国好きになって帰ってきたのでした。

 

いつかまた行くときには、今度こそジョージアまで足を伸ばそうと思います。

 

次回は「英語を話すのが楽しくなる!表現」をいくつかご紹介したいと思います。